宮崎

大宮崎落語祭 ・・・ 宮崎市街を落語客が行き交った!

10月11,12日、宮崎市内で「大宮崎落語祭」が開かれた。
昨年まで東京銀座で開催された「大銀座落語祭」の地方展開第一弾である。
なぜ宮崎が選ばれたのかよくわからないものの、宮崎市民としては大歓迎である。

しかし、事前の告知はなんとも心もとないもので、ウェブサイトもなんだかわかりにくいもので、これで客が集まるのか心配であった。
市街地中心部の4会場で同時開催するという、銀座式を踏襲したおもしろいところではあるが、しかし宮崎でそんなに集客できるのだろうか、と。
しかし、それは杞憂であった。

私は11日14時宮日会館の「正蔵・米團治・花緑の会」に行ったのだが、満席であった。また、他の回、他の会場も売り切れの札が出ていて、かなりの盛況のようである。1つの会が約1時間半で、3回ほど入れ替えるのだが、終演後も居残って次の回を待つ人がいた。そのまま町を歩いて別会場へ回る人たちが少なくないようで、町をパンフレットを持った人が行き交っている。MRTmiccやアートセンターから宮日会館へと向かう人ともすれ違う。
出演の花緑が話の枕の中で「街の人が誰も落語祭をやっているのを知らない」とぼやいていたが、やや噺家の誇張が含まれているとしても、それは間違いではないだろう。確かに一番街には大看板が吊り下げられていたものの、商店街にはあまりポスターを見かけなかった。町外れの劇場でやる音楽祭にはあれだけ町中に旗が立てられるというのに。山形屋の懸垂幕とか、町が落語一色になるような仕掛けが欲しいではないか。

そうは言っても、とにかく客は集まったのである。
来年は別の町へ移るのだろう。次に宮崎に落語祭が来るのは48年後だろうか。
それではあまりにももったいない気がする。町の中のホールをこれだけ一斉に連携させてできるイベントは、落語以外はあまり考えられない。
笑いは人や町を元気にすることができる。
小朝プロデュースの落語祭は当分ないのかもしれないが、これから宮崎の『街』主導で、落語祭を作っていく番である。

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大宮崎落語祭は10月11,12日

だいぶ前に、銀座落語祭が次回は宮崎でやるらしい! と書いたんですが、本当に今秋宮崎に来るようです。

すでにぴあとかローソンチケットとかで、チケットが発売になっているようですね。

ところが、まとまった情報が今一伝わってこない・・・。

チラシも見かけないし。

公式サイトがあるにはあったのだけど↓

http://miyazaki-ac.com/rakugosai/rakugo1.html

なんかまとまりがない・・・。

ローソンチケットの方が見やすくまとまっている、のでキャプチャして転載↓。

http://l-tike.com/oc/play/rakugosai/

rakugo

 

「落語祭とか言って、でかい劇場を貸し切ってどかんとやったりするんじゃ、ぜんぜん意味ないよな」

とタカをくくっていたら、なんと銀座の趣向をそのままに、街中4カ所で分散してやるという!

これは素晴らしい!

もっとも、同時に3カ所とかでやって、客が集まるのだろうか、宮崎で。

ちょっと心配ではある。

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エキスポ 再演

「エキスポ」
宮崎市民プラザ オルブライトホール
3月21日 夜

 

中島淳彦 作・演出

 

再演は難しい。
特に、初演が大成功で、作り手にも観客にもその印象がまだ強く残る中、一部キャストスタッフが入れ替わっての再演となると、 なおさらである。


日南出身の劇作家、中島淳彦作演出の「エキスポ」。
昭和45年の日南油津が舞台。ちょうど大阪万博が開かれている時。
大場家を一人で切り盛りしてきた働き者の母親を亡くした、その家族の通夜と葬式の模様を描く。

初演と同じく、宮崎の脂ののった旬の役者たちの熱演で、 笑いに満ちたレベルの高い舞台に仕上がった。
前回はゲスト出演の井之上隆志(都城出身・東京で役者として活躍)に引っ張られるような感じだったが、 今回はバランス良く溶け合った良いアンサンブルとなった。日南の劇団からの参加がないのが残念である。
そんな中で、特にSPC、220の役者陣が良い。こういうサイズの劇場(オルブライトホール)でやり慣れていることと、 笑いを積極的に取りに行くような演技が手に入っている。逆に、ややこのサイズに収まりが悪いのは25馬力陣であるが、 これは合同公演では仕方ないことかもしれない。

前回に比べると、全体的に細かい遊びによる笑いが多くなっているような気がする。 たしかに笑えるのだが、やや人物の輪郭が崩れるような気がする。その問題が何につながるかは、後に詳述する。

亡くなった母親の甥・賢作を演じる井之上は、 陽性で軽妙な演技が一頭地を抜いているのはいうまでもない。普段から宮崎弁で芝居をしているようである。
成合(SPC)の長男の嫁・君江がそれらしくて良い。芝居全体を牽引している。
あべゆう(こふく劇場)の次女・千代子が落ち着いた良いでき。前回よりもこういう生活感のある役が身につくようになってきた。
東京から来るレコード会社の社長・芳川を演じる蛯原(SPC)は、いつもながらの調子良さが生きている。欲を言えば、 都会人の嫌みと安っぽさがもう一息ほしかった。
谷口(阿坊)演じる宝田は、面白いがちょっと笑いを取りに行きすぎか。
甲斐(220)の上原は、柄は十分だが、もう少し漁師らしさがほしい。人の良さが出てしまう。
湯浅(220)の長男・康夫は、デクノボーらしく、働いている感じがしない。それがよいのか悪いのか。
次女の前夫山下を演じる中村(25馬力)は、歌がうまいところはよいが、東京へ出て行きたがる野心が出ていない。田舎の方が似合うようだ。
父親・了一を演じる山室(25馬力)は、ぼっけな爺さんぶりを期待したが、意外に硬骨。 前回この役を演じた矢野一誠氏の好演が印象に残るせいかもしれないが、逆に山室らしいとぼけた頼りない父親像を見たかった。しかし、 それでも亡き妻への愛情がにじみ出ている。
他に、緒方(220)、濱砂(こふく劇場)、檜山(SPC)、金子(220)ともに良い。
濱崎(二人の会)が酔いどれの香典泥棒婆さんを楽しんで演じている。舞台の世界に幅が出る。


さて、全体としてみると、喜劇としては面白かった。
しかしもう一つの「テーマ」が十分に伝わらず、ラストの父の叫びが心に響かない。
これは単に役者の演技力の問題ではない。
一つは演出の問題。
最期にイメージの中の亡き母の後ろ姿を出したり、スモークをむせるほど炊いたり、家族以外の役が出てきたりと、余計なものが多かった。
しかし、それは本質ではない。

「人類の進歩と調和」
万博のテーマであり、母の最期の言葉である。
この言葉は、昭和45年という、高度経済成長の絶頂期に発せられた言葉として、象徴的な意味を持つ。
近代と現代の転換点。
すっかり生活様式の変わってしまった今=2009年から振り返って、その転換が本当に進歩と調和だったのか、 それが正しかったのか問い返しているわけだ。
それを感じさせるには、かろうじて前現代が残る昭和45年の油津を克明に描かなければ、現代を照らし出すことができないのだ。

ところが、残念ながらそれが明解でない。
これでは現代の田舎のホームドラマである。
台詞の端々にはその時代を表す言葉は散りばめられているのだが、舞台全体からあの時代の空気が流れてこない。
笑いを追求するほど、感覚が現代的になっていく。古き良きゆったりとした時間の流れが感じられなくなる。
美術衣装の詰めの甘さもある。

難しいところではある。
喜劇としては面白かったのだが、テーマ的には薄味となってしまった。

 

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補助金の情報 ~ 県サイトから

宮崎県の県民政策部 文化文教・ 国際課のサイトに、文化関係の補助事業をまとめた資料がアップされています。

県や国などの公的な補助事業だけでなく、 民間のさまざまな補助金の情報も載っています。
「文化」という括りなので、美術系など、舞台芸術に関係ないものも含まれていますが、けっこう内容が充実しています。
おなじみの芸術文化振興基金以外にもけっこう色々なものがあります。

継続的な劇団活動をされている県内の団体は、 一度目を通してみられることをお薦めします。

ただし、かなりページ数が多くて読むのが大変ですが。

 

以下引用

 

「文化振興のための補助事業・ 助成事業ハンドブック」の策定について

http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kenmin/kokusai/bunka_hojo/handbook.html

「ハンドブック」 策定の趣旨

県では”黒潮と豊かな森が育む感性豊かな文化立県の実現”を基本目標とする 「元気みやざき文化振興ビジョン」を平成18年3月に策定し、文化振興のための様々な施策を積極的に推進しています。 このビジョンの中で、特に重点的に取り組むべき事項について県民の皆様からの御意見等を踏まえ、平成19年3月に 「文化振興ビジョン実践プラン」を策定しました。

実践プランでは、「アーティストバンク等の活用によるアウトリーチの推進」、 「次代の文化を担う青少年育成の推進」及び「文化を生かした地域づくりの推進」について、それぞれ実践目標を掲げ、 重点推進事項を整理していますが、目標の実現のためには、補助事業や助成事業の活用を積極的に行う必要があると考えています。

このため、補助事業・助成事業の紹介、申請の方法をわかりやすく解説した 「ハンドブック」を作成しましたので、是非御活用ください。


ハンドブックについて

本編ダウンロード

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宮崎演劇人ブログ

はてなRSSを使って、宮崎の劇団、演劇人のブログのフィードを集めた 「宮崎演劇人ブログ」を作りました。
FPAPfringeのまねです。)
 
つまり、ブログの更新状況が一目でわかるというわけですね。
劇団の公式サイトのものもありますし、演劇をやっている個人の方のものもあります。 批評や情報系もあります。
分類できると見やすいのですが、残念ながら分類するほど多くのサイトがありません。
基本的に宮崎県内で活動されている劇団・個人だけを対象にしています。
 
今のところ確認できているのが下記の13ブログです。
他に、「門川こふく劇場のブログ」、 「劇団25馬力の日記」 などがあるのがわかっていますが、RSSフィードが生成されていないので、情報を取得できません。
また、一般公開されているフィードを読み込んでいるので、 被リンク者には了解を取っていません。
 
自分のも載せて! という方は、コメントをお願いします。
 
 
宮崎演劇人ブログ
 
 
Hatenarss
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宮崎演劇人ブログ のフィード

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みやざきの人口早わかり!

宮崎県の統計情報データベースに、「人口・世帯 みやざきの人口早わかり」というデータが掲載されました。

興味のある方はそちらを見ていただきたいのですが、とにかくこの画像は笑えるというか、泣けるというか、おもしろすぎるのでここに貼ります。

どげんかせんといかんでしょう。

000096038_2

http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/honbu/toukei/jinko-hayawakari/index.html

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平成19年度みやざきの文化を考える地区懇談会の主な意見について  県の公式な発表

先日参加してきた、みやざきの文化を考える地区懇談会の県の公式なまとめが、県のサイトにアップされていました。

一応以下に引用しますが、リンク先の県のページの方が読みやすいと思います。

リンク: 宮崎県:平成19年度みやざきの文化を考える地区懇談会の主な意見について

読んでみると、たしかに私の発言らしきものも載っています。

しかし、こうしてまとめられてしまうと、どうも無難な意見ばかりに見えてしまいますね。

これらのどのあたりが具体的な施策として実現されるのか、正直なところ、よくわかりません。

私の報告は、以前の4つのエントリにまとめてあります。

リンク: 宮崎県:平成19年度みやざきの文化を考える地区懇談会の主な意見について.

続きを読む "平成19年度みやざきの文化を考える地区懇談会の主な意見について  県の公式な発表"

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藤井貴里彦さんの新作が紀伊國屋ホールで!

野尻町在住の劇作家・染色家の藤井貴里彦さんの新作が、 紀伊國屋ホールで上演されることが決まりました。
10月の下旬の予定です。

上演するのは、劇団東演。
東京下北沢を拠点に、40年の歴史を持つ劇団です。

2004年の10月に、同劇団で上演された「浄瑠璃の庭」に続き、藤井、磯村のコンビで、 いよいよ紀伊國屋ホールへ進出します。


藤井さんは、2001年のみやざき演劇祭の短編戯曲賞で、「百円野菜」で最優秀賞を受賞。
その後、同賞の審査員を務められたはせひろいち氏の劇団ジャブジャブサーキットで「百円野菜」が上演され、 その時会場に来て一目惚れしたのが東演の制作の高橋俊也氏で、「浄瑠璃の庭」の上演につながった、ということです。


現在宮崎に住んでいる人の脚本が、紀伊國屋ホールで上演される、というのは、 かつてなかったことではないでしょうか。


詳細な日程が決まりましたら、またお知らせします。

 

劇団東演

『空ゆく風のこいのぼり』
    作/藤井貴里彦
    演出/磯村純
    会場/紀伊國屋ホール

 

劇団東演
http://www.t-toen.com/parata.html

制作の高橋俊也氏のブログ
http://blog.goo.ne.jp/takahashi_p_2005/

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「創造する意欲を育てる教育とは」 みやざきの文化を考える地区懇談会に参加してきました その4

引き続き「みやざきの文化を考える地区懇談会」について

 

最後の議題は「文化を活用した地域づくりの推進について」の予定だったが、 これは残り時間が少なくなったので取りやめて、フリー討論に。

私はあらためて、30、40代の現在の文化の担い手の環境整備を重ねて訴えた。

 

もう一つ、未来の担い手についての要望、 つまり教育についてもひと言。

 

「次の世代の担い手に、創造する意欲を持たせるのは、教育の力。「考える」 ことをしないところに、創造は生まれない。今の学校では「考える」教育がなされているだろうか。点数序列の教育では、考える力は育たない」

 

しかし、これはあまりピンと来なかったようで、誰からも何の反応もなかった。

 

無理もない。文化行政だけではどうにもならない課題だ。

また、点数序列でない教育など、考えも付かないのではないだろうか。

宮崎の教育は、中央の高い学歴を得られる大学に何人送り出せるか、 ということに努力しているのだろう。官僚や政治家などの人脈を築くためにはそれも必要な時代もあったかもしれない。しかし、 そういう人脈がすべてのものを言う時代は終わったのではないか。

国際学力テストで、日本の学力低下が明らかになった。
政府はあわててゆとり教育の撤回に方針を変えた。
しかし、詰め込む時間や量を増やしたところで、学力は伸びはしない。

「考える」教育を行っているデンマーク、スウェーデンなどの学力は高い。

そもそも、真の学力とは何なのか。 日本のテストのように暗記力を試すことが学力を測ることではない。

 

教育とは、生きる力を育てることではないのか。

生きることとは、自ら考え、自ら判断すること。

 

他者と自分との関係をみつめ、考えることが「表現」することである。

「表現教育」こそ、人間として生きる力を付ける。

学力詰め込みの合間に、青春の一コマで祭をするのは実は本質的でない。

幼児から小学校、中等教育、そして大人になるまで一貫して、人間づくりの中核に、 表現教育を置くべきである。

 

現在の教育は文部科学省が定める学習指導要領に則って進めることになっているのだろうが、 思い切って「表現教育特区」とでもして、「宮崎式」の、競争とは遠い土地ならではの教育を試してみてはどうだろう。

点数詰め込みとは異なる教育を求める親も子も少なくないはずだ。

そのために宮崎に移住する人も出てくるのではないか。

 

・・・・・・・・

さて、これで2時間の懇談会は終了。

この宮崎市の会を含めて県内5カ所で同様の会が開かれたのだが、これらの意見が 「文化を考える懇談会」(地区ではなく県全体の)にてまとめられて、実際の施策に反映していくと言うことだが、はたして、 どのように生かされるのか。

よほど思い切った発想の転換をしなければ、何も変わりはしないと思うのだが。

 

(以上)

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「アウトリーチとマッチングは違う」  みやざきの文化を考える地区懇談会に参加してきました その2

前のエントリからの続きです。 (以下、ですます調はやめます)

3つの主要議題のうち、まず「アーティストバンク等を活用したアウトリーチ(出前公演等)の推進について」から。

アーティストバンクについては、下記のサイトをまずご覧いただきたい。
http://www.bunkahonpo.or.jp/a-bank/index.html

 この事業は、 NPOと宮崎県の協働により、特定非営利活動法人宮崎文化本舗が主体となり特定非営利活動法人みやざき子ども文化センターとの共同体により企画・運営を行います。

昨年から始まったみやざきアーティストバンクは、前回(前々回?)のこの懇談会から出た意見を元に実現したものとのこと。
約10ヶ月たつわけだが、登録団体数は86団体、利用件数は10件。(2008年1月24日)
利用件数は予想の範囲とのことだが、少ないと思う。

参加者から指摘されたことは、以下のようなこと。

  • 周知不足
  • アーティストの水準が保証されていない。登録は推薦者の言葉が条件となっているが、 もし力量不足の団体が派遣されたらかえってマイナスになる。
  • 有償での派遣が当然のようになり、以前からボランティア派遣事業を行っている団体が、 活動しにくくなっている。

1年目は県の事業として行われたが、2年目からはNPO法人が独立採算で行う体制となる。謝金の15%をアーティストバンク経費として徴収し、それを営業資金して運営することになっている。
県としては、経費をかけない工夫なのだろうが、民間にまかせっぱなしにするのではなく、システムが有効に活用されるようにきちんと継続的なサポートをしてもらいたい。
また、既存の同様の事業を手掛ける団体に対しても、十分な配慮とサポートを求めたい。

アーティストの水準については、インターネットを活用して、amazonや楽天のように、レビューを投稿できるようにしてはどうだろうか。ある程度レビューが蓄積すれば、利用者に客観的な判断材料となるはずである。もっとも、経費がかかることではある。

以上のようなことで、アーティストバンクについては、おおむね好意的な意見が大勢だった。

しかし、会の後に思ったのだが、この議題に、「アウトリーチ(出前公演等)」としてあるが、はたしてアーティストバンクをアウトリーチと言って良いものなのか。

アウトリーチとは、拠点のあるものが外へ出て行くことを言うのではないのか。
アーティストバンクは、民間のアウトリーチをサポートしているにすぎない。

県が行うアウトリーチと言うのなら、劇場(あるいは美術館や博物館)が、自ら制作したプロジェクトを、県内外へ届けることをそう称すべきだ。

県主催のアウトリーチ的な事業としては、「ふるさとファミリー劇場」というものがあり、これは芸術団体と市町村とのマッチングして経費の一部を県が持つというもの。
また、「宮崎国際音楽祭」のスペシャルプログラムの一部として、県内各地での公演がある。 ストリート演奏会は自主制作のプログラムと言えるのだろうが、それ以外は買い取り公演を回しているようなものだ。

アウトリーチと言うからには、やはり劇場が制作して、県内各地で公演やワークショップをする、という主体的な取り組みが必要ではないだろうか。

そういう事業は、演劇分野については、今後の演劇祭に期待したいと思う。

予算がない、ことはないだろう。
音楽祭の予算の1割でも演劇に回せれば。

※追記

下記に、アーティストバンク立ち上げ時の経緯が記されています。
運営する文化本舗と、県との考え方のズレなどが、記録されています。

みやざきアーティストバンク基盤整備事業成果報告書
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/parts/000083940.pdf

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弥五郎どんと神武さん

山之口町の弥五郎どんが、神武大祭の御神幸行列に参列したという。

10月28日の宮崎神宮大祭のことである。

初めてのことらしく、数日前から県内のニュースで報道されたいたのだが、どうにも納得が行かない気がした。

神武さんと、弥五郎どんは、本来敵同士なのではないのか。

神武行列に歩む 弥五郎どん

思い違いだといけないので、調べてみた。

宮崎神宮に祀られる「神武さん」とは、言うまでもなく、「神武天皇」すなわち初代天皇である。

日向の国より発って、東方を治めたという。

 

片や弥五郎どんとは何か。

ネット上を調べてみた。

 

『珍寺大道場』
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/yagorou.html

養老4(720)年に起った隼人の乱の時の隼人族の首長であった人物だ。

この頃、南九州は日向といわれた隼人族の地であったが奈良の大和朝廷は日向を薩摩と大隅に分割し支配の強化を計ったのである。

その分割統治、支配強化に対して反乱した隼人族は大和朝廷の圧倒的な兵力の前に力尽き、大勢の犠牲者を出したという。

大和朝廷は隼人族の怨霊を恐れ石清水八幡で放生会を行なわせその際に隼人族の首長の弥五郎どんの大きな人形をつくったといわれているそうだ。

その後全国の八幡神社でこの弥五郎どん人形は広まったそうな。

そんな弥五郎どんは現在、宮崎県山之口町の的野正八幡宮、鹿児島県大隅町の岩川八幡神社、 宮崎県日南市の田之上八幡神社の三カ所で見る事が出来る。

それぞれの土地の八幡神社の祭にシンボルとして巨大な弥五郎どんの人形が登場するというのだ。

その異形の様と巨大さは見るものをかなりビビらせる位の迫力満点の薩摩隼人っぷりである。

『かごしま遊歩』
http://www005.upp.so-net.ne.jp/a-kgs/yagoro.htm

その1 大隅隼人の酋長説
 最後まで大和朝廷に服従しなかった大隅隼人酋長の大人弥五郎のことである。

その2 熊襲タケル説
日本武尊の熊襲征討を迎え撃った熊襲タケルのことである。

その3 武内宿弥説
武内宿弥という人は,天皇六代に仕えた長寿者で,現在,弥五郎どんを祭ってある大隅町岩川八幡神社の祭神の一人で海幸彦・山幸彦 兄弟の親戚筋に当たる人らしいが,景行天皇から仁徳天皇まで六代というと300歳になるなど実像ははっきりしない。 
 地元では,この説が最も一般的に信じられているらしい。

その4 鎮西八郎為朝に討たれた熊襲の末裔説
 明治の初めに発行された「鹿児島神社誌」に鎮西八郎為朝が熊襲の大人弥五郎を追討にきて,その戦いぶりが記載されているという。

その5 720年の隼人反乱の首領説
 中央政府の圧迫に隼人族はたびたび反乱を起こしているが,特に700年,720年,740年の反乱は大規模だった。このうち, 720年の反乱は, 中央から派遣された大隅初代国司の締め付けに耐えかねて,これを殺害したことに端を発し, 政府軍は圧倒的な兵力を持って臨んだが,頑強な隼人は屈せず,約1年間の激戦の後, ようやく平定された。 この戦乱で田畑は荒廃し悲惨な状況にあったので,3年間ほど課役免除の措置がとられたという。今で言う税金の“納付猶予”というやつか。
 で,このときの隼人の首領が大人弥五郎ではないかという。

 

なるほど、諸説あるようだ。

時代的に考えて、神武天皇と弥五郎どんが直接戦ったわけではない。

そもそも、両者とも、伝説神話の域を出ないから、そんなことを考えるのは無意味である。

しかし、南九州に生きる人々の根底には、反大和朝廷の精神が沸々と受け継がれて来たのではないだろうか。

隼人族の怨霊を鎮めるために大和朝廷が始めさせた祭りと言うことだが、祭司たる隼人一族の心根は、 我らが英雄弥五郎どんを讃える祭りであったに違いない。

霧島連山のマグマのように、心の底には、天皇家のルーツであるという自負と、 踏みつけられた隼人族の鬱屈した精神が堪っているのだろう。

生活者一人一人の心にそんなものがあるわけではないだろうし、大日本帝国憲法下で完全に天皇の統治下に組織され、 そういった精神はすでに消えてしまったのかもしれない。

しかし、祭礼という様式や、道具、衣装の中に、そういった反骨精神のカケラを見ずにはいられない。


おきよ丸

橘通りを練り歩く弥五郎どんを見た。

参加している保存会の面々や子どもたちは、純粋に、屈託もなく、 おそらくは晴れの場を得たことを誇らしくあるいは嬉しく思っていることだろう。

しかし、ニッポンの象徴・天皇家の力に、反権力の英雄・弥五郎どんが屈服してしまったように思えて、 ちょっと残念であった。

他に、弥五郎どんに詳しいサイト

『宮崎観光写真』
http://www.pmiyazaki.com/photo/yagoro.htm

 

 

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