文化・芸術

宮崎市のアートセンター

宮崎市のアートセンターの建設が始まっているようだ。

場所は橘通西三丁目、元宮崎太陽銀行本店跡地で、2009年度中の完成をめざしているとのこと。

総工費などは今一はっきりとしたことはわからないのだが、総工費は約20億円、このうち宮崎市の負担は約8億円だという。 (平成20年度は約1億8千万円)

また、工費の一部には、かの道路特定財源からのまちづくり交付金も含まれているのだとか。

道路特定財源の一部は、04年度から「都市再生を推進し、地域活性化を図る」ことを名目に 「まちづくり交付金」として、道路以外の事業にも使われている。(朝日新聞宮崎版4月25日の記事より)

 

しかし、これは意識して情報を見るようになったから気がついたことで、大部分の宮崎市民は、「アートセンター」 なる施設が建設されること自体、ほとんど知らないのではないだろうか。

公式の情報は大体以下のところからダウンロードして読める。

宮崎市のアートセンター計画のページと、「平成19年度 (仮称)アートセンター管理運営検討委員会報告書」へのリンク

http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/www/contents/1208328948353/index.html

http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/www/contents/1208328948353/files/file1.doc

先日まで、条例案のパブリックコメントが募集されていて、 平面図などのダウンロードができたのだが、今はできなくなっているようだ。

会議の過程はこの辺から。とてもまともに目を通せる分量ではないが。

http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/www/contents/1180353248492/index.html
http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/www/genre/0000000000000/1171372079911/index.html

 

 

報告書を読むと、すでにかなり具体的なことが決まってきていることがわかる。

中心市街地の活性化と、文化拠点の両面から計画された施設のようである。

主に絵画などのアートを展示創作することを中心に想定していて、演劇やコンサートなどは中心には据えられていないようだ。

演劇に使うかどうかは、施設を見てから使い手がどう工夫するか次第かもしれない。

 

しかし、この施設で街が活性化するとは思えない。

車を止められないという致命的な欠陥を補ってあまりある魅力があるだろうか。

これからの運営次第かもしれないが、報告書を読む限りは、総花的で方向性が見えない。

街作りや、アートや、子育てなど、さまざまな思惑がからまっているためである。

結局没個性的な、いかにも「公共」的なものになってしまわないか。

年間20万人(1日平均約550人)の利用者を見込んでいるとのことだが、本当にそれほどの集客ができるのだろうか。

また、その程度の集客で活性化と言えるのか。

 

 

そもそも、根本的に、今さら20億もかけるハコモノを作る必要があるのか、という疑問がある。

また、市民プラザ、ガガエイトなど、既存の施設が近くにあるというのに、あらためてハコを作るのはなぜなのか。

沈没中の街に小さなハコが一つ増えたところで、たいした活性化などしないのではないか。

中心市街地の活性化が目的なら、毎週日曜に歩行者天国とか、100円バスとか、 もっとダイナミックでわかりやすい金の使い方をした方がよいのではないか。

いや、アートセンターなどやめて、ヴィトン、グッチ、シャネルでも引っ張ってきた方が、若者が街に寄ってくるのではないか。

文化の拠点作りなら、既存の施設の運営を充実させるとか、空き店舗を借りるだけで十分。

大体、中心市街地を税金で活性化する必要性などあるのか。ドーナツ化は悪いことなのか。

結局、太陽銀行跡地を買わされちまったってことなのか。

 

まあ、「そもそも、だいたい、結局」という、後ろ向きなことを言うのは今さらよそう。

決まったことなら少しでもよい形に活用したいものだ。

そのためにも市民が注視し、意見を言うチャンスがあれば伝えていくことが大事だ。

次はもう指定管理者の募集という段階になるのかもしれないが、手を挙げそうな団体を見つけて、 意見をぶつけて事業計画案に反映させるよう働きかけていくのが、近道ではないか。

 

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ぐるーぷ連 更地 

ぐるーぷ連 更地 ー太田省吾に捧げるー

4月17日(木)
ぐるーぷ連 劇工房

 

太田省吾に捧げる公演として、30年ぶりに既成の台本を使った公演だという、が、 何度か聞いた台詞、見た舞台・・・。
当然そのはずで、この戯曲から何度も引用して舞台を作って来たのだから。
そんな既視感のある舞台なのに、あらためて感動する。
何度も同じことを繰り返して、歳を重ねていく。
それがぐるーぷ連の存在意義なのだ・・・・。


などと、書くことになるだろうと、舞台を観る前から思っていた。

実際その通りなのだけど、しかし、私は「黄金の時」という井上の台詞に、 涙せずにいられなかった。
十数年この劇団を観てきて、泣いたのは初めてだと思う。


あったかなかったか、二人しか知らないことは、実はなかったのかもしれない。
そんな小さなことを積み重ねてきた人生が愛おしい。
「黄金の時」


私も年をとったからか、夫婦の機微が心にしみる。
今回は実広から目が離せなかった。ややはにかんだような、困ったような、何かをずっと考えてるような、考えていないような。
結論を急ぐ男と、曖昧さをそのまま感じ取ろうとする女。

私は、ぐるーぷ連を見続けることは、自分自身を定点観測することだと思っている。
毎回同じようなスタイルの舞台なのだし、しばしば同じモチーフが使われる。
その都度異なって感じることも、同じに感じることもある。
舞台の上の役者も年をとり、自分も年をとる。
積み重ねた齢が、舞台を見る眼を変えていく。


奥の扉が開き、林が見える。上演中、この扉は開いたままである。虫の声がたえまなく聞こえ、 車の音が忘れたころに通り過ぎていく。
台詞からは、町の中の狭い住宅地の中の更地と読み取れるので、周りが大自然というのは、リアルに考えると矛盾がある。
しかし、実は、この夫婦はもうリアルではないのではないか。


この更地は、どこか別のところに引っ越したか、建て替えるためのつかの間の更地、 と考えるのが普通なのだろう。
しかし、私には、震災か何かの大きな力で突如更地になったような、また、この夫婦自体、実はすでにこの世にいないのではないかと感じた。
上記の通り宙に浮いたような空間だからなのか、自在にイマジネーションを飛躍する所や、冒頭と同じシーンを最後に繰り返したからか。
この夫婦がこれ以降、また別のところにある家で生活を続けていくように思えなかった。永遠に、 この更地の上で過去を振り返り続けるのではないかと。


ぐるーぷ連もまた、ゆっくりゆっくりと同じ舞台を繰り返していくのだろう。

 

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宮崎演劇人ブログ

はてなRSSを使って、宮崎の劇団、演劇人のブログのフィードを集めた 「宮崎演劇人ブログ」を作りました。
FPAPfringeのまねです。)
 
つまり、ブログの更新状況が一目でわかるというわけですね。
劇団の公式サイトのものもありますし、演劇をやっている個人の方のものもあります。 批評や情報系もあります。
分類できると見やすいのですが、残念ながら分類するほど多くのサイトがありません。
基本的に宮崎県内で活動されている劇団・個人だけを対象にしています。
 
今のところ確認できているのが下記の13ブログです。
他に、「門川こふく劇場のブログ」、 「劇団25馬力の日記」 などがあるのがわかっていますが、RSSフィードが生成されていないので、情報を取得できません。
また、一般公開されているフィードを読み込んでいるので、 被リンク者には了解を取っていません。
 
自分のも載せて! という方は、コメントをお願いします。
 
 
宮崎演劇人ブログ
 
 
Hatenarss
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宮崎演劇人ブログ のフィード

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FPAPにちょっと寄ってきた その2 「福岡とどう関わるのか」

FPAPに寄ってきた、の続き。

九州の中心である福岡と、宮崎がどういう関わりを持てるのか。

話の中で思わず、

「福岡で公演する宮崎の劇団って、無いですよねえ。遠いからかなあ。九州演劇祭とか、 やってくださいよ」

と言ってしまったのだが、はたしてそういう枠組みは意味があるのか。

(類似したイベントで、福岡演劇フェスティバルがあり、長崎や佐世保の劇団が参加しているようだ。)

 

地元を離れて、他の土地へ行くのには「より多くの、 あるいは異なる視点を持つ新たな観客を求めて」である。

であれば、より批評力の高い場での表現を求めるべきであろう。

また、経費的には、福岡公演と東京公演では、結局大道具を運んで泊まり込むのだから、 大差はないだろう。

そうすると、東京で公演した方がよい、ということになってしまう。

 

もちろん、福岡にはなんとなく「同じ九州人」という親しみはあるのだけど、それは「甘え」 にしかならないだろう。

実際は300キロも離れているのだ。

「九州」という枠組みにどれほど意味があるのだろう。

 

公演地というより、

  • ローカル(非東京大阪) での演劇環境のモデル
  • 制作創造の手法を学べる最も近い場

という形で関わることになるだろうか。

とすると、やはりFPAPには学ぶところが多いのではないか、と思う。

 

以上

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FPAPにちょっと寄ってきた  その1 「県劇に見習ってほしいところ」

先週、福岡出張の折に少し空き時間ができたので、FPAP (NPO法人 福岡パフォーミングアーツプロジェクト)の事務所に寄って、ちょっと話を聞いてきた。

事務所は、指定管理者として運営している「ぽんプラザホール」の入る建物の2階にあった。 キャナルシティのすぐ目の前。


FPAPの方からこのブログにコメントをいただいたこともあり、 九州の演劇のポータルとも言えるサイトを運営されているので、どういう団体なのか、かねて興味を持っていた。

 

FPAPは、地元の演劇人を中心に設立され、福岡市から指定管理者として、ぽんプラザホールと、 ゆめアール大橋という2つの施設の運営を預かっている。
活動の詳細は、私がここであらためて書くまでもなく、FPAPのサイトをご覧いただきたい。

http://www.fpap.jp/
NPO法人 福岡パフォーミングアーツプロジェクト

FPAPの主な事業を、ホームページから引用すると、

  • 舞台芸術情報告知、ホームページの運営
  • 舞台芸術団体の各種支援
  • 劇場、練習場の運営(ぽんプラザホール、ゆめアール大橋)
  • 舞台芸術団体の情報交換のための交流促進
  • 演劇祭等企画
  • セミナー、ワークショップの開催
  • 他都市の舞台芸術団体との交流事業
  • 各種相談 (練習場運営、NPO、制作、など)

                    ※ 括弧内は筆者の注釈


ぽんプラザホールは、名実共に「ホール」であるにも関わらず、行政としての位置づけは「練習場」 なのだそうだ。したがって練習場並みの価格で借りることができるとのこと。
うらやましい!

 

 


さて、私は2つの点で関心を持っている。

  • 演劇人を中心に運営するという手法を、宮崎でも生かせないか。
  • 九州の中心である福岡と、宮崎がどういう関わりを持てるのか。


私は宮崎と比較しようとしたとき、宮崎「市」ではなく、宮崎「県」を思い浮かべてしまった。
つまり、FPAPのような運営を県立劇場でできないものかと思ったのだ。

これは半分あたりであり、はずれでもあろう。
政令指定都市だから、県と同等の自治機能を持っている。しかし行政サービスの第一の対象は福岡市民140万人が対象である。
基本的には県と市では役割が違うだろうし、人口規模も異なるし、住民の生活形態や、文化の集積度も違う。 福岡には九州の中心として担う役割もあるだろう。

そういう違いがあっても、しかし、私は県劇に期待したい。 今のところ県劇しかそういう可能性のある場は無いのだから。

県劇はすでに指定管理者制度で運営されているが、外から見ている限りは、制度導入前と同じ 「財団法人宮崎県立芸術劇場」が運営しているので、ほとんど変化が感じられない。

今のところの演劇事業というと、公演が中心で、それにワークショップが少々。
劇場全体としてみても、ほとんど貸し館、貸し練習場でしかないように見える。

限られた県予算の中で運営するのだから、大きな公演などは期待できないし、それは望まない。
それよりも、芸術文化創造の拠点として、創造のための支援を積極的に行ってほしい。
情報発信や、制作支援など、演劇作りの環境をより積極的にサポートする体制を作ってほしい。

その見本が、FPAPであると思うのだ。

これらの業務が常勤でできるような人材を、まず今の財団で何名かでも雇用できないものだろうか。

 

その2に続く→

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「創造する意欲を育てる教育とは」 みやざきの文化を考える地区懇談会に参加してきました その4

引き続き「みやざきの文化を考える地区懇談会」について

 

最後の議題は「文化を活用した地域づくりの推進について」の予定だったが、 これは残り時間が少なくなったので取りやめて、フリー討論に。

私はあらためて、30、40代の現在の文化の担い手の環境整備を重ねて訴えた。

 

もう一つ、未来の担い手についての要望、 つまり教育についてもひと言。

 

「次の世代の担い手に、創造する意欲を持たせるのは、教育の力。「考える」 ことをしないところに、創造は生まれない。今の学校では「考える」教育がなされているだろうか。点数序列の教育では、考える力は育たない」

 

しかし、これはあまりピンと来なかったようで、誰からも何の反応もなかった。

 

無理もない。文化行政だけではどうにもならない課題だ。

また、点数序列でない教育など、考えも付かないのではないだろうか。

宮崎の教育は、中央の高い学歴を得られる大学に何人送り出せるか、 ということに努力しているのだろう。官僚や政治家などの人脈を築くためにはそれも必要な時代もあったかもしれない。しかし、 そういう人脈がすべてのものを言う時代は終わったのではないか。

国際学力テストで、日本の学力低下が明らかになった。
政府はあわててゆとり教育の撤回に方針を変えた。
しかし、詰め込む時間や量を増やしたところで、学力は伸びはしない。

「考える」教育を行っているデンマーク、スウェーデンなどの学力は高い。

そもそも、真の学力とは何なのか。 日本のテストのように暗記力を試すことが学力を測ることではない。

 

教育とは、生きる力を育てることではないのか。

生きることとは、自ら考え、自ら判断すること。

 

他者と自分との関係をみつめ、考えることが「表現」することである。

「表現教育」こそ、人間として生きる力を付ける。

学力詰め込みの合間に、青春の一コマで祭をするのは実は本質的でない。

幼児から小学校、中等教育、そして大人になるまで一貫して、人間づくりの中核に、 表現教育を置くべきである。

 

現在の教育は文部科学省が定める学習指導要領に則って進めることになっているのだろうが、 思い切って「表現教育特区」とでもして、「宮崎式」の、競争とは遠い土地ならではの教育を試してみてはどうだろう。

点数詰め込みとは異なる教育を求める親も子も少なくないはずだ。

そのために宮崎に移住する人も出てくるのではないか。

 

・・・・・・・・

さて、これで2時間の懇談会は終了。

この宮崎市の会を含めて県内5カ所で同様の会が開かれたのだが、これらの意見が 「文化を考える懇談会」(地区ではなく県全体の)にてまとめられて、実際の施策に反映していくと言うことだが、はたして、 どのように生かされるのか。

よほど思い切った発想の転換をしなければ、何も変わりはしないと思うのだが。

 

(以上)

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「文化の担い手とは」 みやざきの文化を考える地区懇談会に参加してきました その3

引き続き「みやざきの文化を考える地区懇談会」について

「担い手の育成について(全国高等学校総合文化祭宮崎大会開催への取組等)」 が次の議題。

全国高等学校総合文化祭は、いわばインターハイの文化版、ということで、毎年全国持ち回りで開催されている。
宮崎では平成22年度の7月下旬から8月上旬に開催されることが決まっている。

さて、これについて意見を求められても、なんとも言いようがない。
別に高校生の祭典にどうのこうのと注文を付けようとは思わない。

問題は、その「祭」の後を、どうつなげていくのかである。
学校を卒業した後、社会の中でどのように芸術活動を続けていくのか、そこの方策を考えなければ、青春の1ページで祭は終わってしまう。

「担い手の育成」というと、まず子どもや学生を対象に考えてしまうが、実際に文化の中心を担うべきは、社会でも中核をなす世代、つまり私たちのような20代から50代の世代である。
しかし、実際にはこの世代、特に30代40代は芸術文化活動を続けるのはなかなか困難である。仕事、家庭、など、忙しい世代なのだ。

芸術を創るにはエネルギーがいる。継続的な時間がいる。

20代のうちはまだいい。概ね30代以降、働き盛りとなり、家庭を持ち子育てが始まると、個人の時間をもつのは難しい。

特に、最近の長引く不景気による、労働環境の悪化により、働き手の負担は非常に増えている。
実際この数年で、宮崎の劇団数はかなり減っている。これは上記の理由だと私は考えている。

また、子育ての支援など、「親」であるだけでなく、一人の人間として社会と関わる時間を持てる環境作りが必要である。

しかし、これは行政機関の文化課や教育委員会だけでは解決できないことだ。 最初のエントリで書いた、「保健福祉部や商工観光労働部の参加を求めたい」というのはここのところだ。

  • 労働基準法の遵守、ワークシェアリングなど、労働環境の改善。
  • 保育サービスなど、子育て環境の充実

などを提案したい。

別に何も新しくもない、あたりまえのことのようだが、これがなかなか実現していないのである。

「未来の担い手」と同時に、「今の担い手」にいかに文化活動の場を保障するか。

芸術イベントを散発して、「文化してます」という気分にさせるのが文化行政の役割ではない。

市民一人一人が、文化的な充実した生活を送る環境を整備するのが、仕事である。

もっとも、余暇をいくら保障されても、市民に創る気持ちがなければ何も生まれない。
市民の意識の問題だが、これは教育の力が大きい。
これについては別の項で書く。

(続く→)

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「アウトリーチとマッチングは違う」  みやざきの文化を考える地区懇談会に参加してきました その2

前のエントリからの続きです。 (以下、ですます調はやめます)

3つの主要議題のうち、まず「アーティストバンク等を活用したアウトリーチ(出前公演等)の推進について」から。

アーティストバンクについては、下記のサイトをまずご覧いただきたい。
http://www.bunkahonpo.or.jp/a-bank/index.html

 この事業は、 NPOと宮崎県の協働により、特定非営利活動法人宮崎文化本舗が主体となり特定非営利活動法人みやざき子ども文化センターとの共同体により企画・運営を行います。

昨年から始まったみやざきアーティストバンクは、前回(前々回?)のこの懇談会から出た意見を元に実現したものとのこと。
約10ヶ月たつわけだが、登録団体数は86団体、利用件数は10件。(2008年1月24日)
利用件数は予想の範囲とのことだが、少ないと思う。

参加者から指摘されたことは、以下のようなこと。

  • 周知不足
  • アーティストの水準が保証されていない。登録は推薦者の言葉が条件となっているが、 もし力量不足の団体が派遣されたらかえってマイナスになる。
  • 有償での派遣が当然のようになり、以前からボランティア派遣事業を行っている団体が、 活動しにくくなっている。

1年目は県の事業として行われたが、2年目からはNPO法人が独立採算で行う体制となる。謝金の15%をアーティストバンク経費として徴収し、それを営業資金して運営することになっている。
県としては、経費をかけない工夫なのだろうが、民間にまかせっぱなしにするのではなく、システムが有効に活用されるようにきちんと継続的なサポートをしてもらいたい。
また、既存の同様の事業を手掛ける団体に対しても、十分な配慮とサポートを求めたい。

アーティストの水準については、インターネットを活用して、amazonや楽天のように、レビューを投稿できるようにしてはどうだろうか。ある程度レビューが蓄積すれば、利用者に客観的な判断材料となるはずである。もっとも、経費がかかることではある。

以上のようなことで、アーティストバンクについては、おおむね好意的な意見が大勢だった。

しかし、会の後に思ったのだが、この議題に、「アウトリーチ(出前公演等)」としてあるが、はたしてアーティストバンクをアウトリーチと言って良いものなのか。

アウトリーチとは、拠点のあるものが外へ出て行くことを言うのではないのか。
アーティストバンクは、民間のアウトリーチをサポートしているにすぎない。

県が行うアウトリーチと言うのなら、劇場(あるいは美術館や博物館)が、自ら制作したプロジェクトを、県内外へ届けることをそう称すべきだ。

県主催のアウトリーチ的な事業としては、「ふるさとファミリー劇場」というものがあり、これは芸術団体と市町村とのマッチングして経費の一部を県が持つというもの。
また、「宮崎国際音楽祭」のスペシャルプログラムの一部として、県内各地での公演がある。 ストリート演奏会は自主制作のプログラムと言えるのだろうが、それ以外は買い取り公演を回しているようなものだ。

アウトリーチと言うからには、やはり劇場が制作して、県内各地で公演やワークショップをする、という主体的な取り組みが必要ではないだろうか。

そういう事業は、演劇分野については、今後の演劇祭に期待したいと思う。

予算がない、ことはないだろう。
音楽祭の予算の1割でも演劇に回せれば。

※追記

下記に、アーティストバンク立ち上げ時の経緯が記されています。
運営する文化本舗と、県との考え方のズレなどが、記録されています。

みやざきアーティストバンク基盤整備事業成果報告書
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/parts/000083940.pdf

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みやざきの文化を考える地区懇談会に参加してきました その1

12月26日のエントリで、「みやざきの文化を考える地区懇談会参加者募集」
と、告知しましたが、1月24日(木)の宮崎市の懇談会に、参加してきましたので、報告します。

今回は18名の参加者がありました。
大学の先生、NPOの代表、文化団体の代表、学生などが中心でした。
私もNPO法人の代表という肩書きはありますが、演劇環境について意見を述べたいと思っていたので、いわば普通の県民の感覚で参加しました。
30~40代の方の参加は私を含めて2名だけ。普通の県民の意見を反映させるには、平日日中ではほとんど参加できないでしょう。したがって、やや芸術家側に片寄った意見が集まることになってしまうように思いました。

県側の出席者は、地域生活部生活・文化課と、教育委員会学校政策課からでした。
会の中で注文が付いたのは、文化課だけでは解決仕切れないことが多いのだから、福祉保健部からも参加してほしいという意見が出ました。
私は、さらに商工観光労働部からも参加していただきたいと言いました。理由は後で詳述します。

最初に、宮崎県の文化振興策についての説明がありました。
実は事前に送られてきた資料「平成19年度宮崎県文化総覧」があったのですが、これが118ページに及ぶもので、目を通すのもなかなか大変でした中身は実はたいしたことではなく、現在実施している事業を網羅しているだけです。
ところが、実はこれとは別に、県は2006年3月にまとめた県の文化振興策の指針「元気みやざき文化振興ビジョン」というものがあり、これがまた65ページにも及ぶ大部です。こちらの方が未来の事業の方針を定めたものですから、中身が充実しているようです。
懇談会の場で紹介されたので会の後にざっと読んでみましたが、「文化の定義」「文化の意義」ということから始まり、「本県文化の特徴」、「基本目標~黒潮と豊かな森が育む感性あふれる文化立県の実現~」と続きます。
これについてはまたゆっくりと考察したいと思いますが、たしかに中身はたいそう立派そうですが、今ひとつ実態のない空虚なものにしか読めません。
そもそもこんな「ビジョン」があることを、一般県民はほとんど知らないでしょう。芸術文化団体の関係者でもほとんど読んでいないのではないでしょうか。

読みたい方は、下記からダウンロードできます。
長文です。

元気みやざき文化振興ビジョン
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/chiiki/seikatu/bunka-vision/vision.html
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/parts/000051297.pdf

議論の内容は文化全般ということですが、今回は特に実施中、もしくは実施が近づいている以下の3つを中心議題に進行しました。

(続く→)

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宮崎県:みやざきの文化を考える地区懇談会参加者募集

宮崎県のサイトを見ていたら、こんな記事に出会いました。

リンク: 宮崎県:みやざきの文化を考える地区懇談会参加者募集.

もしかしたら、演劇や劇場について県に何か注文を付けるチャンスになるかもしれません。

参加してみてはいかがでしょうか。

逆に「県民の意見を聞きましたよ」というアリバイに使われてしまうかもしれませんが。

以下引用

リンク: 宮崎県:みやざきの文化を考える地区懇談会参加者募集.

 宮崎県では、文化振興の推進に当たり、県民ニーズの把握をより詳細に行うことを目的に、標記懇談会を下記のとおり開催します。
 当懇談会は県内在住者であればどなたでも参加できます。また、参加者は懇談テーマに限らず文化振興に関して、自由な発言を行うことができます。
 活発な意見・情報交換が行われますよう、幅広い世代からのご応募をお待ちしています。

開催日時及び開催場所

地区名日時会場交通アクセス、会場付近図等
宮崎地区平成20年1月24日(木曜)10時~12時 県庁6号館623会議室 http://www.pref.miyazaki.lg.jp/guide/index.htm
日南・串間地区平成20年1月18日(金曜)10時~12時 日南市生涯学習センター第1・2会議室 http://www.city-nichinan.jp/syakaikyouikuka/manabipia/access-map.jsp
都城・小林地区平成20年1月29日(火曜)10時~12時 都城市総合文化ホール会議室1 http://www.0986.jp/mbunka/map-sightseeing.html
西都・児湯地区平成20年1月25日(金曜)10時~12時 高鍋町役場3階大会議室 http://www.town.takanabe.lg.jp/about/townmap.html
東臼杵・西臼杵地区平成20年1月22日(火曜)10時~12時 延岡市内藤記念館会議室 http://www15.ocn.ne.jp/~nobekan/cult/nai/nai.html


懇談テーマ

懇談会の各会場共通テーマは以下のとおりです。また、参加申込時に募集した各会場毎の個別テーマやその他文化振興に関することについて懇談を行います。
なお、県の施策や国、財団の助成事業等についても、資料を配付の上説明を行います。

  1. アーティストバンク等を活用したアウトリーチ(出前公演等)の推進について(街角ギャラリー、コンサート等)
  2. 担い手の育成について(全国高等学校総合文化祭宮崎大会開催への取組等)
  3. 文化を活用した地域づくりの推進について(文化イベント等を活用した商店街活性化等)


出席予定者

  • 各市町村の文化振興担当者
  • 各文化団体等の役職員
  • 地域住民等(※県内在住者とし資格を問いません。)


申込方法

郵便、ファクシミリまたは電子メールにより、以下の事項を記載の上、下記へ申し込んでください(様式は自由です)。

  1. 申込者全員の氏名
  2. 住所
  3. 年齢
  4. 性別
  5. 電話番号
  6. 参加希望地区名

また、懇談したい個別テーマがある場合は記入して下さい。なお、できるだけ多くの方の参加機会を確保するため、申し込み人数については、2名までとし、年1回の参加とします。

【申込締切】
平成19年12月28日午後5時(必着)
【申 込 先】
宮崎県地域生活部 生活・文化課 文化企画担当 (工藤、原)
〒880-8501 宮崎市橘通東2丁目10番1号
電話:0985-26-7117
FAX:0985-32-0111
E-mail:

kudo-takeshi@pref.miyazaki.lg.jp

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弥五郎どんと神武さん

山之口町の弥五郎どんが、神武大祭の御神幸行列に参列したという。

10月28日の宮崎神宮大祭のことである。

初めてのことらしく、数日前から県内のニュースで報道されたいたのだが、どうにも納得が行かない気がした。

神武さんと、弥五郎どんは、本来敵同士なのではないのか。

神武行列に歩む 弥五郎どん

思い違いだといけないので、調べてみた。

宮崎神宮に祀られる「神武さん」とは、言うまでもなく、「神武天皇」すなわち初代天皇である。

日向の国より発って、東方を治めたという。

 

片や弥五郎どんとは何か。

ネット上を調べてみた。

 

『珍寺大道場』
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/yagorou.html

養老4(720)年に起った隼人の乱の時の隼人族の首長であった人物だ。

この頃、南九州は日向といわれた隼人族の地であったが奈良の大和朝廷は日向を薩摩と大隅に分割し支配の強化を計ったのである。

その分割統治、支配強化に対して反乱した隼人族は大和朝廷の圧倒的な兵力の前に力尽き、大勢の犠牲者を出したという。

大和朝廷は隼人族の怨霊を恐れ石清水八幡で放生会を行なわせその際に隼人族の首長の弥五郎どんの大きな人形をつくったといわれているそうだ。

その後全国の八幡神社でこの弥五郎どん人形は広まったそうな。

そんな弥五郎どんは現在、宮崎県山之口町の的野正八幡宮、鹿児島県大隅町の岩川八幡神社、 宮崎県日南市の田之上八幡神社の三カ所で見る事が出来る。

それぞれの土地の八幡神社の祭にシンボルとして巨大な弥五郎どんの人形が登場するというのだ。

その異形の様と巨大さは見るものをかなりビビらせる位の迫力満点の薩摩隼人っぷりである。

『かごしま遊歩』
http://www005.upp.so-net.ne.jp/a-kgs/yagoro.htm

その1 大隅隼人の酋長説
 最後まで大和朝廷に服従しなかった大隅隼人酋長の大人弥五郎のことである。

その2 熊襲タケル説
日本武尊の熊襲征討を迎え撃った熊襲タケルのことである。

その3 武内宿弥説
武内宿弥という人は,天皇六代に仕えた長寿者で,現在,弥五郎どんを祭ってある大隅町岩川八幡神社の祭神の一人で海幸彦・山幸彦 兄弟の親戚筋に当たる人らしいが,景行天皇から仁徳天皇まで六代というと300歳になるなど実像ははっきりしない。 
 地元では,この説が最も一般的に信じられているらしい。

その4 鎮西八郎為朝に討たれた熊襲の末裔説
 明治の初めに発行された「鹿児島神社誌」に鎮西八郎為朝が熊襲の大人弥五郎を追討にきて,その戦いぶりが記載されているという。

その5 720年の隼人反乱の首領説
 中央政府の圧迫に隼人族はたびたび反乱を起こしているが,特に700年,720年,740年の反乱は大規模だった。このうち, 720年の反乱は, 中央から派遣された大隅初代国司の締め付けに耐えかねて,これを殺害したことに端を発し, 政府軍は圧倒的な兵力を持って臨んだが,頑強な隼人は屈せず,約1年間の激戦の後, ようやく平定された。 この戦乱で田畑は荒廃し悲惨な状況にあったので,3年間ほど課役免除の措置がとられたという。今で言う税金の“納付猶予”というやつか。
 で,このときの隼人の首領が大人弥五郎ではないかという。

 

なるほど、諸説あるようだ。

時代的に考えて、神武天皇と弥五郎どんが直接戦ったわけではない。

そもそも、両者とも、伝説神話の域を出ないから、そんなことを考えるのは無意味である。

しかし、南九州に生きる人々の根底には、反大和朝廷の精神が沸々と受け継がれて来たのではないだろうか。

隼人族の怨霊を鎮めるために大和朝廷が始めさせた祭りと言うことだが、祭司たる隼人一族の心根は、 我らが英雄弥五郎どんを讃える祭りであったに違いない。

霧島連山のマグマのように、心の底には、天皇家のルーツであるという自負と、 踏みつけられた隼人族の鬱屈した精神が堪っているのだろう。

生活者一人一人の心にそんなものがあるわけではないだろうし、大日本帝国憲法下で完全に天皇の統治下に組織され、 そういった精神はすでに消えてしまったのかもしれない。

しかし、祭礼という様式や、道具、衣装の中に、そういった反骨精神のカケラを見ずにはいられない。


おきよ丸

橘通りを練り歩く弥五郎どんを見た。

参加している保存会の面々や子どもたちは、純粋に、屈託もなく、 おそらくは晴れの場を得たことを誇らしくあるいは嬉しく思っていることだろう。

しかし、ニッポンの象徴・天皇家の力に、反権力の英雄・弥五郎どんが屈服してしまったように思えて、 ちょっと残念であった。

他に、弥五郎どんに詳しいサイト

『宮崎観光写真』
http://www.pmiyazaki.com/photo/yagoro.htm

 

 

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