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2009年1月

みやざき◎まあるい劇場 「おもいでカメラ」

みやざき◎まあるい劇場「おもいでカメラ」

1月25日(日) イオンホール

障がい者と健常者がともに演じる劇団、みやざき◎まあるい劇場の第2回公演。

公園。
過去を撮すカメラ。
と思われていたのは、実は自分の一番思っていることを撮すカメラであった。

 

 

私は舞台の出来を評の判断の中心に置く。
障がいのあるなしで判断しない。
障がい者が舞台を作るには、訓練も勇気も相当必要だと思う。
しかし、観客はプロセスは見ない。

 

今回の舞台にはいろいろな面でちょっとずつ足りないものがある。


演出。
平面的。


脚本。
表出して交流しただけで、触発していない。


どうしても、第一回公演の「隣の町」を思い返して比較してしまうのだが、(こういう評価の仕方は、 上記の「舞台の出来で判断」とは矛盾するかもしれないが、)まだまだおもしろく見せることが出来ると思うのだ。

役者陣は前よりおもしろくなってきたと思う。
前は、とにかく舞台に出さなきゃという感じで、よくわからない役で舞台を通過するだけのようなところがあったが、 今回は一人一人がなにかしら個性を持った人間として舞台に立っている。
そこが今回の最も良かった点。

松下みどりの優しさ。
平野今朝市の視線。
和田祥吾の楽しそうなこと。
森菜都子のあやしさ。

 


最後に付け加えておく。

会場が良くない。
イオンを選んだのは、多くの人が気軽入ってもらえるようにという積極的な考えがあってのことだとは思う。
しかしここは演劇には向いていない。
外の騒音が入ってきて、セリフの邪魔になる。扉が一枚で開閉するたびに音が入ってくる。
町中の公園が舞台だから多少の騒音は効果音の内、と考えたいところだが、ショッピングモールの音は自然の町の音違う。 迷子の呼び出し放送だったり、イベントの案内だったり。
なにも、いわゆる「劇場」とか「ホール」だけが演劇の舞台ではないし、 むしろ演劇なんかできそうもないようなところが舞台に化ける方がおもしろいのだけど、しかし、ここは良くない。

 

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劇団きらら「星の王子さま」

1月24日 昼  宮崎県立芸術劇場イベントホール

 

その本は、本棚の一番下の奥にあって、ほこりをかぶっていた。外箱は少しシミがついていた。
開いてみると、手紙が出てきた。
ぱらぱらとめくると、しおり紐は丸く曲がって中に綴じ込まれていて、まだこの本は誰にも読まれていないことがわかった。

手紙によると、この本は19歳の誕生日に友人から送られたものであったらしい。

(前略)
「19歳のみんなの中でも1番しっかりしてますね。
いつもむずかしい?!本を読んでいるようですが、もっともっと違った意味で難し難しい本を、19歳(10代最後の1年) になった心平に送ります。
絶対といってもいいほど自分でこの本を選んで読む事はないと私は思います。
まl、今は読む気になれなくても、いつか読んでくれるとうれしいし、必ず読む日がくると思っています。
(後略)

たしかに、そのころの僕は、歌舞伎論の本とか、教育論の本とか、 そんなものしか読んでいなかった。


あれから、16年経って、この本「星の王子さま」を、手に取った。

 

劇団きららの「星の王子さま」。

開演に先立って、池田さんが「星の王子さまを読んだことのある人」と客席に訪ねた時、 僕はちょっと躊躇して手を挙げたのだが、実は読んでいなかったのである。

 

大人になることってのは、こんなに哀しいことなのだろうか。

実は、前夜の寝不足のため、観劇中猛烈に眠くなった。(これは自己責任である)
しかし、キツネのこのセリフですっかり目が覚めた。
「めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなけりゃならないんだよ、バラの花との約束をね・・・」
まもらなきゃならない約束、責任・・・。

バラの花は、たぶんかけがえのない人の象徴。
それって大人っぽくないかなあ。王子さまは、バラとの約束を守るために星に帰るのだとしたら、ちょっと大人になってしまうのか。

「かんじんなことは目に見えないんだよ」
大人の責任と、こどもの真実を見る力。

このところ、二十歳だったり、こどもだったり、 若かった時の自分との対話を迫られることが続いている・・・。


年を取るのは仕方ない。
心を研ぎ澄まして、生きていたい。そう思う。
だけどね、王子さまよ、私の時間は有限なのだよ。
君はどうだかわからないけど。

 

 

さて、舞台評。

演出、役者、衣装、道具、音、照明まで、実にしっかり作り込まれている。

白い布を皺よせてしつらえた舞台は、いかにも本の挿絵の雰囲気である。
全体が白が基調。

演技がややオーバーアクションな感じもするが、 これはおとぎ話的な世界を構築するためには必要なのかも。
音楽・効果音は相当しっかりと作り込まれている。

プロジェクターによる挿絵の再現や、フランス語のナレーションも、 本の世界を再現している感があって効果的。

群衆の動きは、そつがないがやや常套的な感じもある。

うちの子ども(9歳)は終わったあとに呆然とした顔をしていたので、 かなりの衝撃を受けたはずである。


 

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「地域と演劇 弘前劇場の三十年」 長谷川孝治 著  を読んで

正月休みに読んだもう一冊の本。

「地域と演劇 弘前劇場の三十年」 長谷川孝治 著

先日の弘前劇場の宮崎公演の時に買ったものである。

「地域」 で演劇をやっていこうと考えいる人=つまり宮崎で演劇をやり続けていこうとしている人は必読である。
地域演劇のあり方を示す書としても、長谷川の武勇伝風自叙伝としても、おもしろい。

ただ、最後のところに不満が残る。

最終章に以下のような問いかけが出てくる。

 

   私にとっての最大の関心事は、この「私」はいったいどこにいるのかという問題である。そもそも、    それは、つまり「私」なんてものはあるのかという問題。
   そんなものは長谷川個人の問題であって、弘前劇場全体の問題ではないと言われればそれまでである。しかし、地域演劇とは何か、   日本におけるリージョナル・シアターとは何かという問題と関わることだと私は考えている。つまり、その劇団の存在理由。
   
   1.「君はなぜ演劇をやっているの?」
   2.「君たちはなぜ劇団をやっているの?」
   3.「しかも、公的な助成を受けて」
   
   仮に3の問いかけがない場合の答えは簡単である。「好きだから」「やりたいから」でよろしい。それ以外の答えなど不要だ。しかし、   わたしたちは3に対しての答えを完全に導き出すことができるだろうか。
   

最近の私の関心事に最も近い問いかけである。
しかし、残念ながらその答えらしいものは本書の中には示されていない。少なくとも私には納得のできる答えは見出せなかった。
現在長谷川氏は、青森県立美術館の舞台芸術総監督の立場にあり、まさに公的な場とお金を使って県民・ 市民のために舞台を創る現場にいるわけだ。
その将来ヴィジョンや、海外の事例などは紹介されているのだが。
しかし、演劇が公的助成をしてでも育てて市民のそばに常にある続けなければならない、肝心のその意味は示されてない。

長谷川氏自身が、まだ確たるものを持っていないのか。
それとも本心は公的な助成など必要ないと思っているのだろうか。

とにかく最後の最後で腑に落ちなかったのである。

 

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演劇人養成講座 劇団ゼロQ「波と線路」 報告その3

最後に、もう一度、個人的な感想を書いておこうと思う。


実は参加する前には、いろいろな不安があった。

一つは、このブログでいろいろな劇団を批評しているのに、 今さら自分自身が舞台に上がることへのおそれである。

もう一つは、体がついていくかどうか、ということ。
最近は単発のワークショップも恐ろしくて参加できないような気持ちだった。


しかし、いずれも考えすぎであった。

そもそも、自分が批評される側に回ることをおそれるというのは、 逆に自分の批評が読まれているということが前提となった考え方である。それは思い上がりではないのか。
そんなにお前のブログなど読まれてもないし影響も与えていないよ、と思うべきなのだ。そう考えると気楽になった。

また、体の方は、年相応に硬くはなっただろう。
しかし、表現できることは広がったような気がする。
10年の間にさまざまなことを経験してきたことが第一。
そして、羞恥心の垣根が低くなったこともあるかもしれない。それだけオヤジ化したということか。


一方で、「演劇をやる意味」は、ずっと自身に問いかけてきた。
何度も書いていることだが、仕事や家庭のための時間を割いてでも演劇をする社会的な意義、それがあるのかないのか。
これは、結局最後まで答えを得られなかった。

わかったことは、「やっぱり演劇は楽しい」、と言うこと。

そして、集団で創るものでありながら、やはり個人の心を深く掘り下げるものであり、 表現者個々人としては、やはり個人的な創造であるということ。
つまり、社会性とか大義とか言う以前に、まずは個人のものである。
結局、それでいいのではないかと。

公立劇場で公的なお金を使って舞台を創ることは、実力のある劇団にのみ可能なことである。
その他の大多数の劇団は、公共性とかそういうことを考える以前に、 まずいかに一人一人の役者の観客の心に迫れるかを真剣に考えるべきなのではないか。
家族や仕事の時間のほうが相対的に大事なのであれば、演劇を取ることができない。それは苦しいことかもしれないが、 結局自分自身で折り合いを付けるしかないのではないか。
家族や会社に対する言い訳を、演劇の公共性やらに結びつけてひねり出そうとする方が無理があるのではないか。

それが正しいのかどうかはよくわからないし、そもそも「正しい」 ものなんてあるのかどうかもわからない。

とにかく、半年間講座に参加し、そんな風に考えが変わったのだ。

 

 

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演劇人養成講座 劇団ゼロQ「波と線路」 報告その2

前回は感情的な部分を書いたので、今回はちょっと客観的に振り返ってみようと思う。

 


昨年7月から始まった、宮崎県立芸術劇場の「演劇人養成講座」。
講師は劇場の演劇ディレクターで、劇団こふく劇場代表の永山智行氏である。

全26回の講座で、7~8月は月に2回のワークショップ、9月は演劇祭のスタッフ体験、 10月から脚本が配られて役者としての演劇作り、1月に公演、というスケジュールだった。

今回は募集にあたり、「演劇人養成」「劇団を作ろう(1回限りの)」 といううたい文句が掲げられ、従来のリーディングや単なる演劇体験よりは一歩進んだ内容が期待された。
だから私も参加してみた。


私の関心は、
 ・「演劇人養成」とはいかなるものか?
 ・「劇団を作る」の本当の狙いは?
の2点。

上記の通り、内容は特に全体の8割近くはやはり役者の訓練であった。
結果、役者として演じるワークショップとしては非常に充実していた。
また、演じることを考える過程で、「演劇と自分」を考えるメッセージを多く受け取ることができたので、それが十分に「演劇人精神の養成」 だったとは言える。


また、これが単なる演劇ワークショップではなく、「劇団」であり、「作品を見せることが目的である」 という強い意志を永山氏が見せた瞬間があった。
公演が近づく中で、稽古にずっと出て来ない人があり、その人の処遇をどうするのかの判断を下すこととなった。その時、
「発表会ではなく、『劇団』なのだから、見せられる質のものを作らなくてはならない」
という方向を示した。
自己満足の講座ではなく、「見せる」「伝える」ために真剣勝負である、と。

これは象徴的な出来事であった。

 

ところで、私は受講生の「その後」のことを、講座の初期段階から気にしていた。
少なからぬ演劇初心者が、これから演劇をやっていこうという意志を持って集まっている。 しかし1回の公演でこの集団は解散することがあらかじめ決まっている。それっきりで終わらせてしまっては成果としては低い。
だから「卒業後の就職先」を仕組んでおくべきではないのか、と思っていた。
ベストは、そこから新たな劇団が生まれることである。ただ、年齢も演劇の嗜好も異なる者たちが劇団を作れるだろうか。
2番目の道としては、既存の劇団に入ることである。 各劇団とも常に人不足で悩んでいるのだから劇団側からも絶好のスカウトのチャンスのはずである。


しかし、永山氏はあまり積極的な方向付けはしなかった。
「新しい劇団ができるといいな」と、最後に少しだけ仰ったし、本心は強くそれを願っているのだと思うが、 無理な方向付けをしても継続性がなければ意味がないし、受講生(劇団員) 各自の自発的な意志で動きが起こることを待つことにしたのだろうと思う。


さて、それを受けて、その後の卒業生(私も含めて)が、どういう活動をすることになるのか、 それはまだちょっとはっきりしないのだが、今のところ「また集まってみようよ」という動きが出ているので、 じっと待った永山氏の作戦は正しかったのかもしれない。
ただ、これはまだわからない。

 

しかし私は、もう少し積極的な仕掛けがあっても良かったのかな、と思っている。
現実の劇団運営についてのノウハウをもう少し伝えた方が良かったのではなかったか。
例えば稽古場や劇場の押さえ方、スタッフワークの基礎、裏方さんとのつき合い方、チケットの販売、収支、制作的な部分、など。
今回は、裏側のことはすべて劇場にやっていただいた。ある意味非常に贅沢なことであったが、どうも「お客様」的な感じで、正直なところ、
「ああ、これじゃ、劇団ごっこみたいだ」
とも思った。
「劇団」という集団の抱える諸々のややこしいところを感じないまま、楽しく演じていたのだから。

そして、公演の熱を幾分冷ましたあとに、もう1回「私と演劇」 を問い直す集まり必要だったと思う。

 


結局、自分自身が当事者で客観的な評価は下せないのだが、全体としては非常に充実した時間を持てた。
次年度以降も続いていく企画だと思うので、より充実した内容となって、少しでも多くの演劇人が育つことを期待したい。

 

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演劇人養成講座 劇団ゼロQ「波と線路」 報告その1

1月12日、演劇人養成講座 劇団ゼロQ「波と線路」の公演を終えてきました。
http://aya-tumugi.cocolog-nifty.com/topics/2008/12/post-102e.html
私にとって10年ぶりの舞台だったわけですが、いろいろなことを考えさせられました。
いろいろな視点で、いろいろな思いがあるのですが、とりあえず、公演直前の稽古の時点での思いを、書いてみようと思います。
正確には、今書いたものではなく、稽古の時点で劇団員連絡用の掲示板に書き込んだものです。そこから転載します。
かなり感情的な文章ですが、生々しいのが真実かなと思いますので、あえて修正はしません。

補足しておくと、本番5日前の稽古でのことが元になっています。
四十歳の私(役名:平田)が、二十歳の私に、
「お前はそんな風になりたかったんじゃないだろう。お前にとって一番大事だったものはなんだったんだよ。本当に『そんなもんだ』 と言ってお前はすべてを納得しているのか」
と責められる。
答える四十の私は、「お前はなにも知らなさすぎる、」と言葉を返していく、そんなシーン。
その直前までが独白でやって来て、ここで回想シーンのようになって、言葉を交わすのだが、独白の調子に乗って、大声を張り上げて演じていた。
そこに、演出の言葉。

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「対話をしましょうよ」
昨日の最後の5分。
この指摘は厳しかったです。
そうですね。たしかに、対話になってなかったです。

自分のせりふだけ覚えて、演技術、台詞回しでどうにかしようとしていました。
「俺ぁ、俺ぁ、帰るところなくしちまったよぉ」など、せりふの調子は良いけれど、腑に落ちていなかったのです。

昨夜は、2時ごろまで考え込んでいました。
二十歳の、というか、僕で言えば、17,8頃の、最も先鋭だった頃の自分を思い出し、あるいはそのころ言葉を戦わせた友を思い出し、 対話していました。
辛い作業でした。
ナガヤマ、よくぞこんなせりふを書いたものだ、と。

まだちょっとわかりませんが、自分なりの整理はつけました。
が、思索は、今日の仕事中も続いています。(今日は単純作業なので)

お前の夢は、本当になりたいものは、これだったのか? 納得しているのか?  満足しているのか?

思い描いていた人生なのか?
 ちがう
納得しているのか?
 ちがう
では、今の人生はダメなのか?
 ちがう
 ちがう、ちがう、ちがう・・・。

お前は本当に演劇をやりたいのか。

昨日、稽古へ行く前、家を出るとき、息子たちに「行かないで」と泣かれた。
仕事も最近おろそかだ。
家族を犠牲にして、仕事もそこそこにしても、それでもやりたいのか?
好きだ、というだけではできないのだ。
それだけの強い動機? 大儀? 意味づけ? それがあるのか、演劇に。

芝居を作るには、莫大なエネルギーが要る。
劇団を作ってやるともなると、今回の講座の何倍ものエネルギーが要る。
そして金も。

それだけのエネルギー、もっと直接世のために役立つことに使ったほうが良いのではないか。
少しでも、貧困をなくし、争いをなくすために。
17歳の自分は、全ての人が幸せ煮に暮らせる世の中を作りたいと思っていたのではなかったか。

しかし、このように考える事ができたのは、今回演劇に取り組んだから。
自分の立ち位置を明らかにすることが、演劇の力。
「他者を演じる演劇」にあまり意味を感じない、と最近思っていたのだが、今回自分が演じてみて、というか、昨夜から「平田さん」 と格闘して気づいた。
何者かを自分の中に取り込もうとするとき、そしてそれを表現して見せようとする時、その何者かの人生を生きようとする。
そのとき、結局鏡を見るように自分自身を見つめるしかないのだと。

自分を見つめる。
演劇は、体を使った哲学なのか、と・・・。


だとすると、自分の立ち位置を確認するのは、時々で良い。
社会の中で色々な経験を重ねて、たとえば3年に1回自分の心を見、自分の世界観を誰かに伝えるために、演劇をする。
そういう内的な必然性があるなら、仕事や、家族とも、折り合いがつけられるのではないか。


ところで、今、一つ、どうしても脚本にしておきたいことがある。
それを書かなければ死ねない、という切実なものが。
書き上げたら、今度は舞台にしたくなる、かもしれない。
人を集めて、どうにかしようとするだろう。

そのときは、力を貸してもらえたら、と思います。


僕はずっと宮崎の演劇を見てきて、最近宮崎市にぜんぜん劇団が出てきてないな、と懸念していて。
よしせっかくこれだけの人がここに集まっているのだから、この際ゼロQ母体に劇団を作れないかな、と思っていたのだけど。
でも、思いの異なる人を無理に集めても、瓦解するだけでしょう。
僕は、自分の人生の中で演劇をどう置こうか迷っている。ゆれている。

今、1月9日昼の考えは、このとおり。

 

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で、今日はすでに公演が終わったわけですが、この思いは変わらず持ち続けているようである。

続きは次回

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 「ニッポンには対話がない」 北川達夫 /平田オリザ 共著 を読んで ~ 手段としての演劇と、芸術としての演劇

正月休みに、演劇関係の2冊の本を読んだ。
まずそのうちの1冊。

「ニッポンには対話がない」北川達夫 /平田オリザ 共著

平田オリザ氏と、フィンランド教材研究家の北川達夫氏の対談。
「学びとコミュニケーションの再生」と副題にあるとおり、演劇が主題ではなく、教育論、特に対話を中心とした教育が主題。
労働人口減少→外国人労働者の受け入れ→多文化共生社会
その中で、いかに地域社会を再構築するのか、そのための教育のあり方とは、といったところ。

印象に残った部分を一部引用。

 

平田 だから、わたしたち大人は、   表現教育をやることによって、演劇活動の中で、たくさんの議論を積み重ねることを通じて、   そこで子どもたちがいろいろな意見を交わしながら、結果として「どんな難しい問題が起こっても、決して戦争で解決してはいけない」   「原爆は絶対に許せない」という子どもたちが育ってくれることを願うしかないんです。でも必ずリスクがある。   「原爆投下はやむを得なかった」と結論づけるグループが出てきてしまうリスクもある。そしてわたしたちは、   それを覚悟しなければならない。

とにかく価値観を押しつけないこと。対話の中から、共有できる部分を見いだしていくことを、 2人はくり返しくり返し語る。
多様化する価値観を押しつけないこと。「ダメなことはダメ」というのは思考停止である、と。
そして、そう言う社会を創る教育の手段として、演劇や表現教育が有効であり重要である、と。

私の通っていた自由の森学園の教育に通じるものもあり、大いに賛同である。

ただ、この本の主題でないので触れられていないのだと思うが、教育の「手法」「手段」としての演劇と、 芸術表現の「目的」としての演劇と、それは同じなのか、別なのか。
教育の手段であれば、極端な話、結果的に舞台表現として質が低くても、あるいは上演すらされなくても、 当事者に深い学びが残れば成功ということになる。
しかし、表現者は作り上げた舞台を観客に見せることで、初めて表現が成り立つ。あたりまえだが、 公演に至らなかったが制作のプロセスが良かったです、では何の意味もない。

表現のプロが、表現教育が上手とは限らない。
逆に、表現者としてはマズくても、表現教育の指導者としては一流ということも十分あり得るだろう。

基本的には観客に伝えることを前提に、何ものかを演じてみせるということでは同じ構造を取るし、 うまく出来上がったものはどちらも「演劇」と呼ばれるものだろうけれど、はたしてその目的はけっこう異なるものなのではないのか。
線引きしてしまうのも無理があるとは思うが。

平田オリザは両方のエキスパートであることは間違いないが、では自身の表現を創る時は、 創造の方向性は誰が示し責任を負うのか。
少なくとも作品の根幹は作者自身がまず定めることだろう。役者と討論して内容を決めているわけではないだろう。

そうすると、「教育手段」としての演劇の公共性というのはよく理解できるのだが、「芸術作品」 としての演劇にはたして公共性があるのか。
やはり芸術は作り手のエゴなのではないのか、良くも悪くも。
そもそも両者を分けることが間違いなのか?

最近、私の疑問はいつもそこに突き当たってしまう。


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2008年 宮崎の演劇を振り返る ~ 岡田版宮崎演劇賞

2008年の宮崎演劇界を振り返ってみようと思うのだが、 結局ほとんど演劇祭に演劇活動そのものが集約されてしまっているような現状で、 すでに演劇祭については一応私なりの総括をしてしまっているので、書くことがあまり残っていない。

みやざき演劇祭2008 総評
http://aya-tumugi.cocolog-nifty.com/topics/2008/10/post-2e7a.html

そう言うわけで、今年はちょっと遊びとして、私家版の演劇賞を選んでみることにした。
まことに僭越であるが、まあ、遊びとして読んでいただきたい。

断っておくが、私はすべての演劇公演を見たわけではないので、偏りはある。
とくに、県北の公演はほとんど見に行けなかった。そこらが私家版たる由縁で、お許しいただきたい。
なお、県外から宮崎に来た公演は対象としていない。

 

大 賞 藤井貴里彦
   「白いおうむの百貨店」「空ゆく風のこいのぼり」などの劇作に対して

特別賞 永山智行
    宮崎県立芸術劇場ディレクターとしての仕事に対して

奨励賞 濱砂崇浩(こふく劇場)
   「水をめぐる」の演技に対して、など。

新人賞 該当者無し

ブービー賞 県立芸術劇場の名称
  (劇場という言葉を消し、「県民文化センター」という意味不明の名称としたことに対して)

 

選考理由

・大賞
藤井氏は、今年は3本の新作を手掛けた。「白いおうむの百貨店」は演劇祭の企画公演の脚本だが、オーディションの初心者に対する当て書き。 やや突貫工事の感もあり、シニア俳優を十分に生かし切れていないようにも感じたが、随所に藤井らしさが出ていた。「空ゆく風のこいのぼり」 は東京での劇団東演公演で、宮崎では上演されていないものの、こちらは十分に練り上げられており、完成度が高かった。 現代の宮崎の田舎を正面から描ききった。

・特別賞
なんと言っても宮崎演劇界のリーダーであり、今さらナントカ賞でもあるまい、という方ではある。しかし、 県立劇場のディレクターとしての活動は2年目。地点、弘前劇場、劇団きららという、地域で活動する劇団を招聘したこと、 演劇人養成講座や劇作講座など、演劇を広げていく活動が形を表し始めた。息の長い活動であり、本当の評価はこれからであろうと考え、 今回は特別賞とした。実は大賞と特別賞は、どちらをどちらにしようか迷ったのだ。

・奨励賞
ことし最も伸びたと感じた人として、濱砂氏を選んだ。
今まで絶叫調の役が多かったし、今回の「水をめぐる」についても例外ではないのだが、そこに肝の据わったところが見えてきた。 もちろんこれは劇作の永山による当て書きの力も大きいのだろうが、表現の幅が出てきたように感じる。
また、演劇祭の関連では裏方としての活動を垣間見ることがあったが、演劇人としての自信を身に付けたように感じた。

・新人賞
もしかしたら、私の観なかった芝居にきらりと光る役者がいたのかもしれないが、残念ながら私に見た範囲では特別に光る人はなかった。 「白いおうむの百貨店」に出演したシニア俳優たちはもちろん味があったが、役者として大きな可能性を感じさせる人は無かった。

・ブービー賞
これは前に書いたので詳しくは繰り返さない。
あらためて付け加えておくが、メディキット社には感謝こそすれ文句はない。問題は、後ろの「県民文化センター」の部分である。

宮崎県立芸術劇場の命名権、 医療機器メーカー「メディキット株式会社」に売却決定 「メディキット県民文化センター」に
http://aya-tumugi.cocolog-nifty.com/topics/2008/01/post_c0c2.html


以上。

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